楽しい海外旅行体験記

海外旅行大好き人間で、すでに約30ヵ国の国を訪れ、
同じ国を数回訪問したところもあります。現在も毎年
2回ぐらい出かけています。海外で出会った人、見聞
し楽しかったことを述べます。また、海外へ出るに
は語学も大切です。英語をある程度しゃべれれば、ま
ず、ほとんどの国へ出かけられます。その英語を学習
し外国人とコミュニケーションがとれるようになると
すばらしい出会いが待っています。その出会いなども
述べます。
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アヴィニオンの橋で踊ろよ、踊ろよ〜!
 パリからTGVに乗って南仏とモナコを旅しようとプランをたて、今から15年前の1999年8月下旬に行ってきた。特にアヴィニオンへは是非とも行ってみたかった。“おいしいものは最後に”というのではないが、旅程の最後はアヴィニオンと決め南フランスとモナコの旅を計画した。
 
 成田からフランス・パリに入り、リオン、ペルージュ、ニーム、アルル、モナコ、そして最後はアヴィ二オンをと3週間かけて回った。その旅の記録も今日アヴィ二オンで最後である。アヴィ二オンは、サン・ベネゼ橋があるところである。
 
 サン・ベネゼ橋は、「アヴィニオンの橋で踊ろよ、踊ろよ〜!」で有名な橋で、フランス、アヴィ二オンのローヌ川に架かっていた石造アーチである。一般にはアヴィニョンの橋として知られている。今では一部だけが残っている。建設されたのは1177年から1185年というから今から800年以上の昔の古い橋である。22連のアーチ橋であり長さは920m、幅は4mあったという。
 
 南仏とモナコの列車の旅も終わりに近づいた1999年8月31日の朝は午前4時に目が覚めた。ホテルからそれほど遠くないアヴィニオン橋を見学するためにホテルを出る。天気良好なので街中を歩くのは気持ちがいい。アヴィニオンの橋近くの川岸には沢山のカモたちがいる。彼らと遊ぶ。Makikoと誰もいない古いアヴィ二オン橋の上を歩くと中世の世界にいるような気分になる。昔、幼稚園で子供達を教えていたころよく唄ったという「アヴィ二オンの橋の上で・・・・・・」をMakikoは気分爽快といい歌い出す。
 
 午前中アヴィ二オンの橋の見学を終え、昼食はホテルに戻りとる。120F(2400円)。午後3時にアヴィニオン駅へ行くまでには3時間ほど余裕があるので、ホテルで2時間過ごし、駅で1時間列車待つ。
 
 午後3時7分発のTGVにてパリへ向かう。午後6時38分にパリ・リオン駅に到着。地下鉄No.1にてコンコルド駅へ、この駅でNo.8に乗り換えでLatour Maubourgという駅で下車。歩いて3分のTIMHOTELに無事到着。夕食は、サラダ。サラダといってもシーフード、ミックス、ダックなどトッピングに何種類かあるので選ばなくてはならない。パンが必ず付いてくる。サラダとコーヒー、水を注文すれば簡単な食事はOKだ。普通にコーヒーを注文するとエスプレッソが出てくる。
 
 今回の南仏の旅で、最初にパリに着いた時にシャンゼリゼ通りのルイビトン前でMakikoの親しい友人Fさんに会った。その友人がまだパリに滞在中なので、パリを離れる旨のさよなら電話を夜になってかける。【1999.8.31】
 
まとめ
 早い時期に今回の旅の様子をブログに投稿しておけばよかったと思う。15年も過ぎるとたいがいのことは忘れてしまう年齢になった。それでも当時の写真をみるとおぼろげに思い出すことも多い。大学に勤めていて夏休みに比較的時間の余裕があったので、このような旅ができた。定年退職すれば旅に使える時間はたっぷりある。しかし、その後もぼちぼちと仕事が入り思うようには出られないでいるが、たまには出る。
 
 趣味のひとつである英会話学習は今も続けている。学習した英会話力を試すためと旅の楽しみを味わうため年1回は海外に出かけている。長い間英会話を学習しているが、思うように実力はつかない。しかし、やればできるということを信じ今でも学習しているので、今年の暮れにまたハワイへロングスティを予定し、現地でその成果をためしてくる。今年は滞在中にハワイ諸島のクルーズイングを計画しインターネットで申し込みを済ませた。その確認書が届いたので乗船できると思っている。何しろ、今の時代、一切の手続きはインターネットで行い、チケットもメールで送られてくる。少々心配だが、そのコピーを印刷して現地へ持っていけば乗船できるという。
 ハワイでのクルーズイングであるから、外国人が多いと判断する。そこでの共通言語は英語かと思うので、船上での英会話実践の場としては最高の場ではないかと思っている。【1999.8.31】


英語の必要性を感じてるあなた・・・聞き流す効果をぜひお試しください!!


アヴィ二オンでは宿泊した元修道院であったというホテルに宿泊


ホテル内部には教会の面影がある


ホテル内の美しいステンドグラス


廊下も修道院であった面影が残されている


ホテル内のレストランでも修道院を思わせる長い部屋だ


豪華な朝食


こんな格好で毎晩なんらかの書きものをしていた


中庭にいると修道院であったことがよくわかる


これから待望のアヴィ二オン橋を見にいくところ


見えてきたアヴィ二オン橋


朝日に照らされ美しい姿のアヴィ二オン橋


川岸から見たアヴィ二オン橋


待望であったアヴィ二オン橋上に立ち満足げなMakiko


ローヌ川にかかるお隣の橋が見える


ローヌ川


アヴィ二オン駅ホームでパリ行き列車を待つ


パリに戻った。その後、空港へ向かい帰路についた

2014.11.22 自宅にて記す


 













 
| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 20:10 | - | - | - | - |
アルルへ日帰り観光【1999.8.30】
 アヴィ二オンに到着した昨日、ニームを観光した。そして今日はアヴィ二オンからアルルへ日帰り観光(古代闘技場、地下回廊、集水場、大衆浴場見学)だ。朝5時起床。朝食事ミサが流れる静かな雰囲気で食事をとる。食事の満足度は最高である。アヴィニヨンのホテルの近所を散歩。有名なアヴィ二オンの橋は明日見学を予定している。
 アヴィ二オンに到着した昨日、ニームを観光。そして今日はアヴィ二オンからアルルへ日帰り観光(古代闘技場、地下回廊、集水場、大衆浴場見学)だ。朝5時起床。朝食事ミサが流れる静かな雰囲気で食事をとる。食事の満足度は最高である。アヴィニヨンのホテルの近所を散歩。有名なアヴィ二オンの橋は明日見学を予定している。
 
 10時45分発のTGVでアルルへ向かうが、相変わらず検札無し。わずか15分でアルルに着く。アルルの駅はモダンな駅。駅前通りをいつか乗りたいと願っているベンツAクラスが通る。路上に絵を描いている画家、美味しそうなケーキを売る店、お婆さんが刺繍をしているお店など街中の様子を眺めながら、古代闘技場へ向かう。


アルルの駅舎


アルルの駅名(フランス語)


ドイツの車(ベンツAクラス)が通る


路上に美しい絵を描く絵描き


ケーキ屋さんのショーウインドウのケーキはすごく美味しそう


 刺繍屋の親子(英語で話しかけたが通じない)

 城門をくぐりぬけると古代闘技場に至る。アルルの闘技場はニームのそれより小さい。古代闘技場のすぐ隣に紀元前1世紀に完成したという古代劇場があるので見学する。4世紀ごろに作られたという地下回廊に入ると2本だけしっかりした柱が残っている。気の遠くなるような昔の建築物が保存されてあるのは凄い。川のそばにある4世紀に出来たというコンスタンチン共同浴場跡を見学。古代アルル博物館も見学。100年前の写真、当時の風俗模型などが展示されてある。


古代闘技場


千年以上前の遺跡


街中にこのような遺跡があちらこちらにある


4世紀に建てれたという柱


街中のここにも遺跡が!


子供列車に乗る(この手の列車大好き)


イタリヤの子供と友達になる


列車は楽しい!
 
 円形闘技場前より子供列車に乗って周辺を見学をする。子供列車内で親子一家4人のイタリア人と仲良しになる。2人の子供は3歳と2歳の女の子。持参した日本のけん玉をプレゼントすると大喜びだ。
 
 海外旅行でいつも困るのは食事のメニューが読めないし、料理内容が分からないことだ。そこでホテルの部屋に準備されてあるメニュー(パンフレット)をあらかじめながめ、よさそうな料理を選んでおく。普通、Starter –Main Dish−Dessertsと続く。コースを選ぶと、いくつかの料理の中から1つを選ぶ必要がある。そのため、食べたいコースをあらかじめ選びマークを入れておいた。そのパンフレットをレストランへ持ち込み、ウエイトレスに手渡す。このようにして、ほぼ望みの料理を注文できたこともある。食事代は2人で420F(約8400円)、大変満足。1人分:Starter:65F(1300円)。Main Dishes:90F(約1800円)。Desserts:45F(900円)
 
 アルルは古代ローマ時代から中世にかけての歴史の息吹が強く感じられる町だ。ローマ時代には首府が置かれ、今なお闘牛が行われる円形闘技場や劇場、プロヴァンスに現存する最大の浴場や、さらに郊外には大規模な墓地など数多くのローマ遺跡が点在している。アルルはゴッホが晩年過ごした町としてもあまりにも有名だ。南仏の強烈な太陽を求め、1888年2月にアルルに赴いたゴッホは翌年の5月まで滞在し、代表作「跳ね橋」、「夜のカフェ・テラス」などを含む200点以上もの作品を制作している。今でもそれら絵画に描かれた風景はアルル近郊のあちらこちらに見ることができ、ゴッホを愛する人々が絶え間なく訪れている。

2014.7.19 自宅にて記す

私の耳は正直でした。本当に「聞き流すだけ」で英会話が身についたんです
| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 07:53 | - | - | - | - |
フランス・ニームの古代闘技場見学【1999.8.29】
【モナコからニースへそしてアヴィ二オンへ、そしてニーム観光(1999.8.29)】:  
 日本でもそうだが、外国でも地方にでると列車の本数は少ないので、列車を待つことが多い。日本の東京駅、品川駅、新宿駅などは大まかに所在地がイメージできる。ところが、土地勘がないフランスのニース(Nice)、ニーム(Nime)、アルル(Arles)、アヴィ二オン(Avignon)と言われても、プロヴァンス(Provence)地方にあることは分かるが、具体的にその地の位置関係は不明だ。モナコとニースは約20 kmと近いが、ニースからマルセイユ(Marseille)まで約150 kmと距離がある。マルセイユからアヴィ二オンまでは約70 km、アヴィ二オンからニームまでは約30 km、アヴィ二オンからアルルまでは約15 kmと地図から大まかな距離が分かった。以上のように各都市の距離感が分かったので、まずはアヴィ二オンに行きホテルに荷物を預け、ニーム、アルルへ出向くことにした。

【モナコからニース、そしてアヴィ二オンへ】:  
 モナコを朝まだ暗い午前6時30分発でニースへ向かう。ここニースで乗り換えてアヴィ二オンへ向かう。モナコからニースまで近いので7時に着く。ニース駅にてハムとチーズのサンドイッチで朝食を済ませる。ニース駅で約2時間アヴィニオン行きの列車を待つ。ニース駅でTGV 9時18分発に乗る予定だったが、8時57分発に急行があるというので列車の中で時間をつぶしたほうがよいと判断しこの急行列車に乗る。ニース8時57分出発、アヴィニオン着12時41分着。直ちに今日泊まるホテル「Cloitve Saint Louis」を訪れ、8月29日と30日の2泊宿泊のチェックイン手続きをする。1泊750F。

 【アヴィ二オンのホテル「Cloitve Saint Louis」について】:
 ホテルはアヴィニオン駅から歩いて5分の距離で近い。このホテルは元修道院を改良したホテルで旧館と新館がある。内部にチャペル、ステンドグラスあり、17世紀ごろの建物だという旧館が我々の部屋。窓無し、ただし天井に2箇所の明かり取り窓ある部屋だ。落ち着ける部屋である。廊下などは映画「サウンド・オブ・ミュージック」に出てくる修道院を思わせる。 【ニーム(Nimes)について】   ニームは、古代ローマ時代からからの都市である。ニームには古代ローマ時代の橋・神殿・円形劇場などの遺構が数多く残っている。訪ねることができなかった水道橋ポン・デュ・ガールは1世紀に建設され、街にウーゼ川から水を供給した。現在ポン・デュ・ガールはユネスコの世界遺産に登録されている。ニームの円形劇場は現在も闘牛やコンサートに使用されているという。

 ニームには上記のように古代闘技場、水道橋ポン・デュ・ガール、神殿、円形劇場など遺構が多いというので、アヴィ二オンに荷物を置いてニームへ出かけた。アヴィ二オンに着いた日の午後2時41分発TGVを利用し、アヴィニオンからニームへ約30分で移動。周遊券ユーロパスを持っているので心配ないが、TGV内での検察なし。ニームでは、紀元前1世紀ごろの古代闘技場、メゾン・カレ(紀元5世紀ごろの古代柱、神殿を見学)、古代集水場などを見学。闘技場の大きさ、高さには驚く。市内で火災が発生。丁度、集水場の近くであったので、火事現場を見学。若干の煙が窓から出てきたが、消火作業を行い直ぐに鎮火した。今日の夕食:アヴィ二オン駅到着時にパン3個とコカコーラ2本の買い置きがあったので、それを夕食とする。

宿泊ホテル:「Cloitve Saint Louis」に8月29日と30日泊まる【1999.8.29】


1 古代闘技場の外部からの眺め


2 古代闘技場の内部


3 古代闘技場の客席1


4 古代闘技場の客席2


5 古代闘技場の内部からの眺め


6 古代闘技場の回廊


7 古代闘技場内の通路


8 古代神殿1


9 古代神殿2


10 火災現場


11 火災で駆けつけたパトカー



12 集水場跡
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| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 01:16 | - | - | - | - |
『スピードラーニング』
 『スピードラーニング』は本当に良い英会話学習手段なのか!学習しはじめて十年ほど経つのでここでその効果を振り返る。学習のきっかけは「“辞書いらず”で英語がしゃべれるようになる」という宣伝文句である。会話は相手がいて初めて成り立つ。外国へ一歩出ると、しゃべれないと生活しづらく楽しくない。その時になって学習するのでは遅すぎる。旅行が好きでほぼ毎年海外にでる。今年もすでに7月初旬に5日間と短い期間であったがハワイへ行き楽しんだ。12月からも40日ほどハワイへ行く予定だ。そのため、『スピードラーニング』で磨きをかけている。お陰で流ちょうではないがある程度しゃべれるようになったと自負している。そのため海外旅行が以前に比べ格段に楽しくなった。


初回に送られてくる教材の数々


左側のケースには、English Only  と English - Japanese のCD2枚が納められている 


隔月には写真の冊子が送られて来るので、学習仲間の様子や豆知識、それに海外情報も知ることができる

 『スピードラーニング』で学習し始め10年が経つ今、上記のような成果が出はじめている。その間、運転中、電車の中、散歩中と日常生活で手をあまり使わないときを利用し聴くようにした。自宅ではCDプレーヤー・パソコンで、戸外ではiPodに録音して聴いている。毎朝6時半から片道徒歩10分ほどのところの公園でラジオ体操を行っている。そこまで行くのに往復20分間歩きながら聴いている。スピードラーニングの良さはいくつもある。私が気に入っているのは英語、日本語とで交互に話しているので辞書入らずで聴けるところだ。

 『スピードラーニング』を聴き始めたころは、初級、中級、上級と別れ、全巻48巻である。初級は聴き慣れてきたので、きざなようだが日本語が邪魔というときもある。上級になるとそうはいかず、今も毎日聴き続けている。もう一つ『スピードラーニング』を気に入ったところは、政治、経済、文化、アメリカ人の日常生活、アメリカ人気質などの様子が全48巻のなかのどこかにおさめられてあるところだ。だから、聴き続けるうちに、アメリカ人気質が分かり渡航しても不自由を感じなくなるような気がしてならない。

 今、内容が聴き取れるのは初級で90%、中級70%、上級60%ぐらいかと思う。学習目標は、映画の字幕が邪魔と感じるぐらいの聴きとり能力を達成させたい。長年聴き続けると、あるとき良く分かると感じる時期がやってくる。それをブレークスルーという。最近思うが、アメリカの文化、地名、人名、それに考え方が理解できるようにならないと映画はもとより米英人と会話を上手に行えない。これは、英語版全巻を100%聴けるようになると解決してくれるのではないかと期待している。

 「できないのではなく、やらない」のであるから、下記ボタンをクリックして英会話力を一緒に身につけよう!そして、オリンピックが開催される2020年までには、お互いに英語ペラペラになろう!








 
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| ホープ(Hope) | スピードラーニング体験レビュー | 10:04 | - | - | - | - |
モナコ市内観光

 朝8:30リオンのホテルを出発。リオン駅発9:18発のTGVに乗ってニースへ向かう。ここで、普通列車に乗り換えだ。ニース14:40に着いたので、5時間半もかかったことになる。車内は満席だったので、昨日Perouge駅でTGV(1等車で最後部、両側2席になっている一方の座席)の予約をとっておいてよかった。ここニースでモナコ行き普通列車を待つこと1時間。待っている間に、831日にアヴィ二オンからパリまで戻るTGVの座席予約を確保する。

 

 ニース駅16:15発でモナコへ向かう。モナコ17:00着なので、約1時間の列車の旅だ。この路線を走る列車は古いが海岸線を走るので、車窓からの眺めは素晴らしい。モナコのホテルはAmbassador Monacoというホテルだ。ホテルに着きチェックインし、ベッドに横になる。夜の7時ぐらいに起き市内を散歩しようと予定を立てた。しかし、寝過ごしてしまい起きたらなんと翌日の朝6時になっていた。夕食も食べずに13時間も寝たことになる。この日は日中列車移動のため昼食を抜いている。水1本とパン半切れ食べただけだ。それも昨日の残りのパンだ。ホテルで2万円を換金したら920Fだ、銀行で換金すると2万円換金すると1072Fである。銀行で換金する方が割がよい。

 

 29日モナコ泊:ホテルから宮殿まで近い。昨日はよく寝たので今朝は早起きができ快調だ。朝7時に食堂に行くが誰もいない。宮殿まで坂を登って散歩にでかける。人影なし。天気良好で大変気持ちが良い。美しい景色をデジタルカメラで撮影しながら移動。朝市へ行き果物屋にてバナナ、リンゴ、スモモ各2個買う。合計で27.55F、約500円で安い。絵はがきは4枚で10フランであるからこちらも約150円と安い。

 

大公宮殿の衛兵交代式


宮殿へ向かう途中の景色


モンテカルロベイホテルの正面玄関


このベンツで市内観光


結婚式直後の記念撮影
 

 ホテルに戻り、コンシェルジュに相談し午後2時から6時までの2人だけの半日市内観光ツアーを予約する(600F(約11,000円))。午後2時から430分までベンツのバンに乗り市内観光である。運転手がガイド役も務める。モナコ市内、F1レースコース、高台の村、海水浴場などを案内してくれる。


モンテカルロ港の眺め


つい食べたくなる中華料理


モナコのコンビニ兼お土産屋

 

 夕方5時から630分まで再び宮殿を訪れる。ここにはお土産屋があるので少々の買い物をする。中華料理の夕食を済ませた後、天気よく、眺めが素晴らしいので今日4回目の夜の宮殿へ登る。夜の景色は大変美しい。夕食の中華料理は1150F。美味であった。あまりにも暑いのでMakikoは黒のノースリーブを150Fで、Koichi195Fで半袖シャツを買う。結構良質である。

 1999828日、29日:モナコAmbassador Monacoホテル2泊(125,000円)


ホテル”Ambassador Monaco”の夜景


ホテルの書斎兼寝室
 

2014.6.12 自宅にて記す
 

| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 23:23 | - | - | - | - |
小さな村 ペルージュ(Perouge)
 パリ、リオン、ペルージュ、モナコ、アルル、アヴィ二オンと南フランスそしてモナコを訪れた。それがいつのことであったか忘れた。パソコン内に保存されてあるピクチャー内を覗いていたら懐かしいアヴィ二オン橋の写真が見つかった。このことがあって、本ブログで南仏記事を紹介し始めたが、いつ行ったのか不明で、ストーリーとして書きにくい思いをしている。そこで、いろいろ書棚を調べたら、当時の手帳が見つかった。この手帳に書かれた簡単なメモを頼りに、これまでに投稿した2回の記事よりちょっとだけ詳しい様子を伝えることができそうだと思っている。
 
 南仏へ行った時期は1999年8月末であることが分かった。今は、2014年であるから15年も前のことになる。当時は、まだ現役であったので夏休みを利用し、約10日間の南仏へ旅をした。
 
 1999年8月25日と26日にリオンに2泊した。ホテルはMeridien Part-Dieuで1泊18,000円と記録にある。ヨーロッパ旅行をする時は、いつも2人で1泊15,000円前後を予定している。この値段を超える場合はかなりよいホテルだと思っていい。リオンに着いた日は夕方なので、翌日の26日にペルージュという中世を思わせる小さな村へ出かけることにした。ペルージュ(Perouge)は、
中世の村で人口80人ぐらいのとても小さな村である。
 
 ペルージュ駅はリオンから電車で30分ほどのところにある。距離にして2劼阿蕕い任△蹐Δ。リオンから乗った電車はガラガラに空いていて、検札なし。駅に着くが駅員2人の質素な駅舎でまるで無人駅のようだ。明日27日、リオンからニース(当時、ニースからモナコまでTGVは走ってない)まで移動するので、
この駅でTGV座席予約券(乗車券は持っているので座席予約だけ)を求める。1人50F。駅では掃除のおばさんがいて、何時間もかけて隅から隅まで丁寧に掃除している様子がうかがえる。
 
 ペルージュ村に行こうと改札をでるが、訪ねる村の方向不明。通りがかったお婆さんに道を聞くがフランス語で通じない。写真を見せたら、あっちだと親切に教えてくれる。村に入ると路は玉石が敷き詰められ、建物は中世に建てられたようで、まるでお伽の国を訪れたような感じになる。人口80人と少ないので行き交う村人なし。しばらく、村人も観光客もいない村の中を散策していると、遠足に来たのであろうか、先生5名に引率された30人ほどの子供の集団に出会う。英語が話せる先生が1人いて、話しを聞くと両親が働いている家庭の子供たちで、託児所の子供たちであることがわかった。持ち合わせていたけん玉を2本プレゼントすると先生達は大喜びだ。子供達はけん玉の存在を知らないのであろうか、先生のけん玉演技をじっと見つめる。だが、剣玉はフランスが発祥地なのだ。このことは、後日、再びフランスを訪れたときに「おもちゃ屋で売っている」、「お年寄りに聞くと子供の頃やった」、「古道具屋のショーウインドウに飾ってあった」などの事実が明らかになった。けん玉はフランスから中国、朝鮮を通り日本にやってきたという話しは本当であることに確信がもてた。
 
 ペルージュからリオンへ戻るのだが、駅の時刻表によると15:06とある。その列車を待つがなかなか来ない。電車到着は1時間も遅れ16:15にやっと来た。【1999.8.25】



(1)駅に着くが誰もいない


(2)地図を頼りに歩き出す。この道でお婆さんに会い村への道を聞く


(3)ペルージュの狭い道と玉石


(4)中世の面影が残る古い町並み


(5)古い建物の入り口


(6)教会が見える中世の街並みに入る


(7)村の中で子供達と先生に会う。子供たちの前で先生がけん玉に夢。両側の先生の格好で分かる


(8)女の先生も私もやれると言い出す


(9)子供たちは先生のけん玉演技を応援する


(10)金属細工店の土産物屋のおばさん


(11)土産物屋の中は金属細工の材料と道具でいっぱい


(12)やっと見つけたレストランだが誰もいない


(14)駅に戻るが誰もいない


(15)駅の時計は午後3時5分を指しているが電車はきそうもない
 
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| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 09:18 | - | - | - | - |
パリかリヨンへ
リオン(825日、26日、27日)
 TGVでリオンへ、夕方4時リオン着、Meridien Hotel は丸型ノッポビルだ。37階の3709号室。夜8時まで寝てしまう。1999年8月25日リオン泊:Meridien Part-Dieu(118,000円、2)


【TGVは空いていた】
電流の単位であるアンペアは、誰でも知っている。電気を学んだ人であれば、なおさら単位のアンペアは馴染みが深い。その電流の単位アンペアの生みの親アンドレ=マリ・アンペールがフランス・リヨンの人であることをなにかの案内所を見て知った。そこで、パリからモナコへ行く途中のリヨン駅で下車し、リヨンに立ち寄った。TGVはガラガラに空いている。車窓からパリ郊外の風景を眺めながら、約2時間でリヨン駅に着く。リヨン駅構内に置いてある観光案内を見るとアンペアと電気博物館がこの地にあることがわった。
 
【アンペアの銅像】
駅近くの広場にでると銅像が見える。近づいてよく銅像を見ると、アンペアの文字が書いてある。あこがれのアンペア先生の銅像だ。アンペアと電気博物館は、アンペアが若い頃過ごした場所にあって、彼の科学者としてのドキュメント、家族のこと、使っていた実験装置などが展示されてあるという。しかし、リヨンで1泊することにはしているが、知らない土地で、しかもフランス語で書かれた案内所を頼りに博物館へ行くのは困難かと思い、あきらめホテル周辺を見学しただけで、リヨンを去った。



1 リオン行きのTGVに乗り込む


2 TGVの1等車内は空いていてのんびりできる


3フランスパリ郊外の車窓の風景


4 モダンなリオン駅


5 アンペア博物館の案内記事


6 アンペアの銅像

7 アンペア先生と記念写真


8 モナコへ向け出発

9 リオンからこのような列車が走っている


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| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 05:32 | - | - | - | - |
ダイアナ妃のモニュメント
 パリに着きエッフェル塔に近いプチホテルに2泊する。ホテルを出て散歩するといつか乗ってみたい駐車中のドイツ車ベンツAクラスが目につく。大型ベンツは高級で買えないが、このAクラスなら手が届くかなと横目でにらみ、心にとめておく(何年か後にゲットする)。やがてエッフェル塔が見えてくる。塔に近づくと大勢の観光客で賑わい、街頭絵描きが子どもの似顔絵を描いているところに出会う。展望台に上る。エッフェル塔そばのセーヌ川に沿って散歩すると魚を釣っている釣り人に出会う。釣れているのであろうか、釣った魚を入れる容器は布でカバーされていた。
 
 どこをどう歩いたかは定かでないが、金色に輝くモニュメントに出会う。近づくと、なんとあのダイアナ妃が事故死したトンネルの上に来ていた。哀悼の言葉が書かれたカードやメモ用紙が沢山モニュメントの柱や周辺に置かれてある。この場所の真下付近の道路で交通事故が発生したので、その上であるこの橋にモニュメントを建てたようだ。


写真7 セーヌ川沿いを散歩(魚は釣れていました)


写真8 突然異様なモニュメントが見えた


写真9 近づくと、それはダイヤナ姫の自動車事故現場の真上のモニュメント

平成26年5月4日(日)
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| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 20:00 | - | - | - | - |
エッフェル塔に迫る
 なぜ南フランスかというと、Makikoの親友Hさんがパリに滞在しているので会いたいことが第1である。会った後、アヴィ二オン、アルル、リンス、モナコなど歌やクラシック音楽の題名にもなっているフランスの都市を一度は訪れたいとの思いでプランをたてた。いまから、当時の詳細を思い出すことは困難であるが、写真を眺めると少しは思い出せるのでここに紹介する。


写真4 エッフェル塔に迫る


写真5 エッフェル塔の真下で食べるアイスクリームは格別


写真6 エッフェル塔の近くで似顔絵を描いてもらう女の子
 
| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 18:00 | - | - | - | - |
パリでHさんに会えた!
 海外へはよくでかける。まだ、現役であった1999年の夏、南フランスとモナコを旅したく、Makikoと出かけた。今から15年も前のことで、あと数年も経つと定年退職を迎える時期だ。大学に席をおいていた関係で、夏休みと春休みは旅に出るチャンスがある。この他に外国に出られる機会は、論文発表か外国の研究者と共同研究打合せのため、あるいは海外技術援助のときである。そのときは、1人もしくは同僚とでかける。個人旅行は、いつもMakiko同伴である。
 
  • パリ(823日、24日、25日)
  • 23日パリ泊Timhotel Invalides(116,000円、2):午後510分パリ着。
  • 24日パリ泊:朝エッフェル塔まで散歩。シャンゼリゼ通りのルイビトン前で藤沢さんと合流。昼寝後、再びエッフェル塔まで散歩。セーヌ川ボート観光。23の橋をくぐる。夕日が美しい。エッフェル塔には2,000年まであと130日という大文字電光板あり。



写真1 こじんまりしたパリの宿”TMHotel


写真2 憧れのベンツAクラス


写真3 セーヌ川とエッフェル塔
 
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| ホープ(Hope) | 南仏・モナコの旅 | 16:07 | - | - | - | - |
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