楽しい海外旅行体験記

海外旅行大好き人間で、すでに約30ヵ国の国を訪れ、
同じ国を数回訪問したところもあります。現在も毎年
2回ぐらい出かけています。海外で出会った人、見聞
し楽しかったことを述べます。また、海外へ出るに
は語学も大切です。英語をある程度しゃべれれば、ま
ず、ほとんどの国へ出かけられます。その英語を学習
し外国人とコミュニケーションがとれるようになると
すばらしい出会いが待っています。その出会いなども
述べます。
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けん玉はフランスからやってきた!

フランスは剣玉の発祥地と聞いているので、市役所へ行けばなにかけん玉情報が得られるかと思いロスコフ市役所を探す。市役所はなかなか見つからないので街中のホテル受付でその所在を聞く。ホテルで情報を集める理由は、ホテルの受付ならどのホテルでも一応英語が通じると判断したからである。

 

市役所の所在をやっと見つけ、中に入ると叔母さん職員が対応してくれたが、思った通り英語が通じない。若い職員で英語が喋れるのがいるから待てと手話でいい、その職員を探しにどこかへ消える。やがて英語が喋れる若い女性が現れたので、ここに来た目的を話す。その内容を別の職員に通訳してくれる。そうこうしている間に他の女性職員2人(これで全て?)も集まり、けん玉は若いころ男の子達がやっていたという。自分もちょっとやったことがあるといい、けん玉を手に取り、玉を皿に乗せるが上手く乗らない。そうこうしている間に、この町の警察官だという中年男性が部屋に入ってきた。そして、けん玉を手にしてやれるはずだと彼も遊びだす。何回かやっているうちについに玉が剣に入る。大喜び。お土産用に持参した2個のけん玉を職員に遊んで欲しいと寄付し市役所を去った。英語が通じないので、けん玉発祥の詳細は不明だが、女性職員4名と飛び入りの警察官に会え、全員がけん玉のことを知っているというので間違いなくけん玉はフランスから日本へやってきたであろうことが推測できた。けん玉を通し、ささやかな文化交流?ができたかなと思っている。いまごろ、プレゼントしたけん玉で大騒ぎしている姿が目に浮かぶ。

 

午後2時に近くなったのでタクシー運転手と待ち合わせの約束した教会前に移動し、タクシーがくるのを待つ。午後2時、定刻通りにタクシーが迎えにきた。ホテルに一旦立ち寄り、荷物を車に積み込み、さらにフェリー乗り場まで行ってもらう。

 

外国の田舎にやってくると、ホテルレ受付やタクシー運転手は、英語が通じるが、一般の人との会話は難しい。前述したとおり、市役所を見つけるのにひと苦労、市役所に着くとこんどは職員との会話でひと苦労。幸い、英語ができる若い職員がいたので、なんとかけん玉交流ができた。これからここロスコフ(Roscoff)を後にして、英語の国イギリスへ英仏海峡をフェリーで渡る。ある程度の言葉の障害がなくなり楽になることを期待している。

 

写真1:ロスコフ(Roscoff)市役所の職員


写真2:日本のけん玉に挑戦


写真3:そこへ、警察官が現れけん玉に挑戦


 写真
4:見事、止め剣を成功させ大喜び



 写真
5:タクシーを待ち合わせた教会


2011.12.24 記

| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 21:48 | - | - | - | - |
フランスの港町ロフコフ旧市街地を散歩する
  ロスコフでの一夜が明け今日は916日、朝9:30分、ホテルBritarnyに滞在し海を見ながらの贅沢な朝食。晴天で今日も暑そうだ。といっても長袖が必要。午後はフェリーでイギリス・プリマスへ渡る日だ。午前9時より1時間ほどホテル周辺の海辺を歩く。綺麗な貝殻があるので、いくつか孫のお土産として拾う。

午前10時のチェックアウト時、ホテル代403.7 EURの清算をし、タクシーを呼んでもらう。日本人にあまり知られていないここロフコフというフランスの小さな町の旧市街地を観光し、午後3時発のフェリーでイギリスに渡ることになっている。旧市街地中心にある教会前までタクシーで行く。運転手は片言の英語が喋れるので一安心。聞くところによると、この町にはタクシーは7台しかないという。フランス語がしゃべれないので、帰りにタクシーを電話で呼ぶことはできない。そこで、乗ってきたタクシー運転手に下ろしてもらったこの教会前に午後2時に迎えに来てほしいとお願いする。

 

フェリーは夕方4時にRoscoffからPlymouthへ向け出港するので、2時間余裕を見て4時間ほど旧市街地を観光できた。朝10時から午後2時まで約4時間、ここロフコフの旧市街地を散策できた。ここロスコフ(Roscoff)は港町でボート遊びや海水浴ができる観光地のようである。狭い街であるがお年寄りや観光客が目についた。教会を中心にして、どこの観光地にも見られるお土産屋が並び街は広がり多くの観光客でにぎわっている。古い街のようであるが、地球の歩き方には紹介されていない。フェリーでアイルランドやイギリスと結ばれていることと、ヨットハーバーがあるからか、観光客も多く土産物屋が沢山ある。写真に見るように街中に建つ建物はイギリス風である。

 

フランスはけん玉の発祥地と聞いているので、市役所へ行けば分かると思い市役所を探す。つづく【2010.9.16


 

写真1:街に7台しかないタクシーの一台と運転手

 

写真2:出迎えを依頼したら面白い名刺をくれた

 

写真3:ホテル裏から見える海

 


写真4:小型ヨットが沢山見える

 

写真5:海もうつくしい


写真6:街中を散歩しても飽きない

 


写真7
:昔の様子がうかがえる路地裏にて

 

写真8:遺跡のような古い石に腰掛ける

 


写真9
:誰もいないレストランテラスで休憩

 


写真10
:旧市街地の建物

 


写真
11:教会の塔

 


写真
12:旧市街地の建物

 

写真13:ホテル(Hotel Ibis

 

写真14:旧市街地のビル街

 

2011.12.17 記

| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 07:26 | - | - | - | - |
ロスコフ(Roscoff)のプチホテルHotel Brittany
  苦労しやっとのことでホテルというより宿屋という感じがするこの小さなお城のような4つ星ホテル“Hotel Brittany”にたどり着く。ホテルは三階建、外見はヨーロッパでよく見かける茶色の石を積んだ外壁の建物。中庭の芝生が青々と茂り美しい。その後ろには真っ青な海が見える。その海には、ヨットなどレジャー用の小舟が沢山浮かんでいる。きれいで海側にあるレストランからは間近に海が見え気持ちがいい。不便なところではあるが、環境は抜群によい。外を散歩するが、人気がないので淋しいくらいだ。

部屋はきれいで文句なし。モンサンミッシェル島外のホテルに比べ、ここロスコフのホテルBrittanyは小さいだけあって、宿泊客は少なくきわめて静かだ。部屋で無料の無線LANが繋がるのでインターネットでブログ投稿が可能だ。日本のホームページ・グーグル!を呼びだすのにわずか10秒ほどで繋がる。これまでのホテルではかなりの時間がかかったので、ここでは極めて快調。

今日のところは、ロスコフ駅から真っすぐホテルに歩いてきたので町中の様子は不明だ。

 

Hotel Brittanyの夕食

夕食の予約が必要ということで、715分からの予約を入れ、その時間にレストランに行く。格調が高いようで、座ったことのない立派な席におさまり、慣れないせいか居心地はよくない。テーブルの数が極端にこれまでのホテルに比べて少ない。ということは部屋数も少ないようだ。メニューがフランス語で内容不明。ボーイに説明してもらうが要領を得ない。スープ、サラダ、メインディッシュの魚らしき料理を2人別なものをオーダーする。ホテルおすすめ料理を注文したところ、写真のようなフランス料理が出てきた。盛り付け、味、文句なし。フランス料理とはこのようなものかと味わう。全て平らげお腹は満腹。

 

食べた料理の名前を言えといっても出てこない。ただ美味しかったことだけが記憶に残る。食事の最後はスプーン3つ付きの3種のシャーベットが出る。これも珍しく高級なシャーベットのようで、スプーンは使い分けて食べるものと理解し、美味しくいただく。

翌日の請求書を見てびっくり。部屋代は120 EURで、1EUR114円とすると13680円で納得。しかし、食事代は283.7 EURであったので、朝夕の食事代のみで一人当たり141.85EUR、日本円で約16000円と高い。美味しいのは当然である。アルコールなし(飲めないので)の朝晩2食の食事代であったので高いと思う。言葉がわからず注文したのがよくなかったと反省。しかし、ここロスコフ(Roscoff)はフランス最後の地で、スペインのマドリッドから鉄道とバスで無事にここまで来たことを思い、少々奮発し高級料理を食べ祝ったことにする。これからイギリスへ渡れば少しは言葉の障害がなくなり、こうした問題は解消されると思っている。

 

写真1:ロフコフのホテル“Hotel Brittany”にやっとたどり着いた


写真2:4つ星ホテル入口の飾りつけとホテル案内表示


写真3:ホテルの裏側


写真4:ホテルの裏庭から海が見える


写真5:裏庭に立つ眞喜子


写真6:海が見えるホテルのベランダ 1


写真7:海が見えるホテルのベランダ 2


写真8 海岸に近づくとヨットが沢山見える


写真9:フランス料理 1


写真10:フランス料理 2


写真11:デザート


写真
12:明りに照らされた夜のHotel Brittany

 

2011.12.6 記

| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 16:22 | - | - | - | - |
フランス・モンサンミッシェルからロスコフへ、そして英国・プリマスへフェリーで渡る「

いろいろとやることや行くところが多く、しばらく投稿が途絶えた。なんとしてもスペイン・フランス・イギリス列車の旅を完成させたいので、ここに再開する。この休んだ期間に九州・佐賀までのドライブの旅とアメリカ西海岸の旅も終えているので、こちらも早く投稿したい。 

 

 フランス・モンサンミッシェルから真西のところにロフコフ(Roscoff)という港町がある。モンサンミッシェルからイギリスのプリマスに行くには、ロスコフへ行き、そこから英仏海峡をフェリーで渡ると近い。交通不便なロスコフへまず行き、そこからフェリーを使いプリマスへ渡った。

 

モンサンミッシェルからロスコフへ行くために新幹線TGVに乗れるレンヌ(Rennes)駅へ戻る。そこからTGVに乗り、西方約200km離れたモルレー(Morlaix)という駅まで行く。この駅で乗り換え、ロスコフへ行く。

今日は915日、モンサンミッシェル9:30発のレンヌ行きバス停留所で名古屋から来たという新婚さんと話がはずむ。彼らはレンヌ駅に着いて15分待ちでパリ行き新幹線TGVに乗るといい、レンヌ駅で15分の乗り換え時間で間に合うか心配している。運悪くバスは5分遅れたので10分の余裕しかないので走って駅に向う。我々も直ぐ後に改札口へ行ったが彼らの姿はないのでどうやら間に合ったようだ。モンサンミッシェルからレンヌまでのバス代は1人で11.4 EUR。レンヌ駅からモルレー駅までのTGV座席予約券(3 EUR)を求め、11:21発のTGVに乗ることができた。1時間50分乗車の後、1313分モルレー駅に到着。この駅に着くとロスコフ行き1輌編成のジーゼルカーが待ち受けていたのでそれに乗り換え、約30分でロスコフ駅に着く。

 

ロスコフ(Roscoff)という町

ロスコフ(Roscoff)は、人口はわずか3750人という小さい町である。この町から出ているフェリーで英仏海峡を渡るとプリマスに着く。プリマスの町は17世紀ピューリタン(清教徒)を含んだピルグリム・ファーザーズの一団(102名)が、この町の港からメイフラワー号に乗船し、新大陸に向かったことで歴史的に有名な町である。

 

 列車がロスコフ駅に着くが、数人が降りると誰もいない状態になる。改札口はなく、駅舎に一人の駅員がいるだけだ。早速、今日の宿泊予定のホテル“Hotel Brittany”へ行く道を聞くが、英語が通じず往生する。地図をだして親切に説明してくれた。あまりにも親切で熱心に道を教えてくれたので、話のついでにけん玉はフランスが発祥の地かと聞くが、英語が通じない。そこで、プレゼント用に持参したけん玉を差し出し、これを子供のころやったかどうかを尋ねた。そうしたら、やったことがあるということが顔色と様子で分かる。うわさで聞いていたようにけん玉はフランスが発祥の地であることが確認できた。ただし、日本のけん玉のように鼓(つづみ)のような形状ではなく、単に剣と中皿だけの簡単な棒状のものとのことであった。お礼に剣玉プレゼント。

 

指示された方向へ向かうが、途中で方向を見失う。道行く人に聞きたいが、誰も歩いていないので聞くことができない。一人の老人にすれ違ったので、ホテルへの行き方を聞くが話が通じない。さらに、迷いながら行くと1軒の自動車修理工場に着く。ここで、若い職人さんに同様の質問をするが、相変わらずのフランス語で方向だけは分かるが具体的な歩き方は不明。言われた方向と住所を頼りに、ホテル方向へ歩き続ける。眞喜子、疲れが出始め不機嫌になる。歩く途中、フランスの田舎風景を楽しむが、疲れは増す。タクシーがあれば別だが、駅から遠いところにあるホテルを予約するとこのような難儀をすることが多い。



1
★モンサンミッシェル島外のホテル前バス停で仲良しになった名古屋からの新婚さん

 

2モルレー(Morlaix)駅を発車する新幹線TGV

 

31輌のモルレー発ロスコフ行き列車

 

4★1輌のジーゼル車がロスコフ駅に到着

 

5★眞喜子改札口へ向けて歩く

 

6★着いた証拠としてRoscoff駅の表示板前で記念撮影



7
★駅前にでるが何もない、人の気配もない


 

8★ホテルへ向って歩き出すが

 

9★行けども着く気配がない

 

10★きれいな花が出迎えてくれるが

 

11★十字路に来て、果たしてどちらへ行けばよいのか思案にくれる

 

12★眞喜子十字路の椅子に座りこむ

 

13★田舎風の家が見え隠れする

 

14★なにやら方向指示版に目的の住所が見つかる

 

15★道に迷いホテルBrittanyにやっと到着し一安心


 

| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 13:22 | - | - | - | - |
やっと着いたモンサンミッシェル!
  2010.9.26 

 世界遺産モンサンミッシェルは多くの人の憧れである。我々何回かヨーロッパへ、そしてフランスにも行ったことがあるが、ここには初めて。今回の旅行で、スペイン、フランス、イギリスの三か国列車の旅を計画し、スペインに入りフランスを通りイギリスアバディーンを最終地と定めたのは、モンサンミッシェルとイギリスのプリマスを通ってスコットランドへ行きたいと思ったからだ。

 地図を見て、旅行会社に相談したところバルセロナからパリまで夜行列車があることを教えてもらった。その結果、パリを通りモンサンミッシェルへ、そしてロスコフというフランスの小さな港町からフェリーで英仏海峡を渡りプリマスまで行けることを知った。1962年にイギリスから清教徒たちがメイフラワー号に乗ってアメリカに渡ったが、その出発地がプリマスである。世界史で習った清教徒、メイフラワー号の地ということでイギリスのプリマスに立ち寄ってみたかったのである。

 

 パリに朝9時に着き、フランスの超特急列車TGVに乗り換え、レンヌというところまで約2時間かけて行く。そこでバスに乗り換え1時間20分でやっとモンサンミッシェルに着く。バルセロナ出発以来、約16時間の長旅であった。通常、モンサンミッシェルへ行く場合は、パリから日帰りツアーがあるので、容易に行かれるようだ。個人旅行であるから、贅沢にもモンサンミッシェルの島内で有名な“ラ・メール・プラール”というホテルに1泊、島の外では普通のホテルに1泊する予定で訪問した。

 

 モンサンミッシェルは世界遺産で多くの人に知られ、写真も沢山で回っている。しかし、現物を見て、歩いて、中に入って、中から外を眺めると、写真では味わえない大きな感動を覚える。


写真1:モンサンミッシェル全景
 

写真2:眞喜子とモンサンミッシェル
写真3:ホテルから眺められる島へ通じる道路


写真4:ホテルから修道院へ向かう途中で


写真5:どこも同じ、お土産やがいっぱい


写真6:急な階段途中にもお土産屋が


写真7:島の頂上に近づくと修道院が見えてくる


写真8:まだまだ先が長く急な階段を登る


写真9:島の高台に着くとこのような眺め


写真10:陸から島に続く道


写真11:陸から島に沿って一本の川がある


写真12:島の高台に建つ修道院


写真13:修道院


写真14:高台からの眺め


写真15 高台からの眺め


写真16:小さな島が見える



写真
17:高台に建つ古い修道院


写真18:高台に建つ古い修道院


写真19:高台に建つ古い修道院


写真20:修道院内の教会


写真21:高台の下から荷物を引き上げる人力機械


写真22:ホテルの戸外レストラン


写真23:モンサンミッシェルが見える


写真24:壁に飾られたマリア像


写真25:島のすそ野に建つホテル群


写真26:ツーショットで記念写真


写真27:島であったころのモンサンミッシェル


写真28:島に建物を建てた現状に近いモンサンミッシェル

| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 06:21 | - | - | - | - |
バルセロナからパリまでの夜行列車
   2010912日、大まかではあったが、スペインの旅を終えフランス・パリへ向かう。フランスの旅は2度ほど行っていたのだが、そのとき世界遺産モンサンミッシェルを訪れていない。まだ見ぬモンサンミッシェルへ行きたく今回の旅にそこへの旅2泊を組み入れた。

 

(1)スペイン・フランス・イギリスの地図(赤太線区間が夜行列車)

正確ではないが地図から判断して、バルセロナからパリまで約800km、パリからモンサンミッシェルまで約200km。バルセロナからパリまで夜行寝台列車を使い、さらにパリから超特急列車(TGV)でレンヌまで行く。この駅で下車し、バスに乗り換えモンサンミッシェルへ行く。時間があれば、パリでゆっくりしたかったが今回はイギリスへも行く予定があるのでパリは素通り。モンサンミッシェルは次回投稿ということで、今回は夜行列車に乗るまでと、乗ってからの話題について述べる。

 

バルセロナからパリ行き夜行列車の発車駅はフランサという駅だ。我々はサンツという駅内にあるホテルに宿泊していたので、フランサ駅まで約3km移動しなくてはいけない。フランサ駅でサンツ駅を通るだろうと思って乗った電車の方向が間違えたようだ。車内で何人かのスペイン人に聞くが英語が通じない。目的の駅名フランサへ行く!と声を大にして乗客に語り掛けたら、どうやら間違った方向だと教えてくれ、乗ってから三つ目の駅で降りた。パリ行き夜行列車に間に合うかどうかが心配なので、降りた駅で40歳代の男性に何分後に電車は来るかと英語で尋ねるが言葉は通じない。そうこうしているうちに高校生らしい若い女の子が来たので聞くと、少し英語が通じて三つ戻って地下鉄で行くと良いと片言の英語で教えてくれた。三つ戻った駅で地下鉄に乗るといっても、また、間違える恐れがある。そこで、戻って降りた駅でタクシーに乗り、目的のフランサ駅に発車20分前にかろうじて着いた。

 

乗るべき列車はホームに着いているようだが、発車番線が掲示されていない。ここで、また慌てる。少し待つと番線の掲示が出て、発車10分前にパリ行き夜行列車にやっと乗ることが出来た。サンツ駅とフランサ駅は地図上ではわずか3kmほどしか離れていないので、直ぐに着くかと思っていた。2時間余裕をみてホテルを出たのだが、こうした間違いを犯したがなんとか乗るべき夜行列車に間に合った。言葉も通じない未知の外国では余裕をもって行動しないととんでもない事態が起こることをここで学んだ。

 

さて、憧れの夜行列車だが、ヨーロッパではこれで二回目。一回目は、フィンランドでサンタクロス村へ行きたくフィンランドのヘルシンキから夜行列車で11時間かけ、北極圏のロバニエミという街まで行ったときである。

列車に乗る前に、車掌にパスポートと乗車券を見せる。ユーロパスと夜行列車の座席予約券を持っているので、乗車は簡単だ。室内の下段ベッドには肘掛けがついている3人かけの立派な椅子だ。床に荷物をおいてもなんとか座れる。車掌が来て、夕食と朝食のチケットを渡してくれる。夕食は午後9時と11時だといい、どちらにするかと問われる。9時というと、9時発車であるから発車したら直ぐの食事だとわかる。食事中に車掌が普通の椅子を二段ベッドにしてくれる。トイレはシャワー、洗面所が一緒になっていているので、小さなホテルの浴室のようだ。列車内にシャワーまであるとは誠に贅沢だ。しかし、狭い。

(2)上段ベッドと入り口ドア


(3)上段ベッドのライトと物置き


(4)入口ドア右側にあるゴミ入れと雑誌棚


(5)車窓上部に設置されてある緊急時脱出用道具


(6)洗面所鏡横に用意されたコップと飲料水(水道水は飲めないというマーク)


(7)洗面器・蛇口



(8)トイレ(標識:トイレにペットボトルを入れるな!、トイレ流し用水は押すと出る)


(9)あこがれの車内シャワー? 当然だが非常に狭く、立っていて体を曲げることができない。狭いが日中の汗を流せたので快適


(10)上段ベッドへの階段は折りたたみ式で、使わない時は壁に隠れる


(11)電気器具用220ボルトのコンセント


 (12)食堂車内のテーブル:レストラン並みにスターター、メインディッシュ、コーヒー、デザートがでる豪華な夕食

 

夕食後、揺れる夜行列車のベッドで横になり熟睡。目が覚めたらそこはパリ・オステリッツ駅で予定通り朝9時であった。この夜行列車は、乗車券のほかに122,450円であるから高級ホテル並みである。

 

モンサンミッシェルに近いレンヌ駅まで行く超特急TGVの発車駅は、モンパルナス駅なので、終点のパリ・オステリッツ駅からタクシーに乗りモンパルナス駅まで移動した。【2010.9.12

 

2011.8.19 記

 

 

 

| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 17:11 | - | - | - | - |
バルセロナの郊外 モンセラット半日観光

バルセロナ市内観光の記事を投稿して以来かなり時間がたった。最後の投稿が確か416日であったので、4ヶ月ぶりだ。投稿したいと思っているのだが、それなりに忙しい思いをしているのでご無沙汰した。なにしろ楽しかった海外旅行の思い出であるから、投稿する努力は常に持っている。

 

今回も個人旅行でスペイン・フランス・イギリスへ出かけたが、全て個人で準備して出かけたわけではない。あらかじめ多くのスペイン行かれた先輩たち、あるいは、航空機やホテルの予約で綿密な相談にのっていただいた旅行業者、それに忘れてはならないのは、言葉、つまり英会話スピードラーニングのCDを聞くこと、およびエスプリラインのスタッフの皆さんである。海外旅行は、言葉が通じればトラブルに遭遇することはまずないし、旅行が非常に楽しくなる。そのため、普段から英会話に馴染む努力はしている。特に出かける前には特に熱を入れ、英語喫茶、英語キャンプなどに積極的に参加するようにしている。

 

今回の旅行に関しては半年以上前(9月出発で2月にプランをたてていた)から、準備をしていた。なにしろ、未知の国を二人だけで、しかも列車やバスの乗り継ぎでスペインからイギリスの北のアバディーンまでの3カ国を旅するというのであるからかなりの冒険である。しかも、スペイン語、フランス語はしゃべれない。英語だけを頼りにしてでかけるのであるから。

 

前回までの投稿は、バルセロナ市内で観光バスに乗り市内を一回りした記事を報告した。バルセロナは観るところが多いので、要領よく観光するためにバスに乗る観光、歩いて旧市街地を回るツアーを現地に入ってから予約し、参加した。多くの大都市にはこうした日本語ツアーがあるのでホテルや観光案内所に相談することにしている(本当は英語ツアーが良いのだが、まだ、英会話が未熟なので消化不良で帰国するのが残念だから)。さらに、今回は、バルセロナからフランスのパリまで夜行列車に乗る予定にしているので、その夜9時発の列車に乗るまで時間があった。そのために、モンセラットという観光地にも半日ツアーで行くことにした。

 

集合は午後2時半、某ホテル前に集合。モンセラットへはバルセロナから約1時間半のバスの旅。ここモンセラットの標高1355mの中腹には修道院が建てられてあり、現地の人たちの守護神である黒いマリヤ像が有名だ。しかし、大人気なので1時間も待たないと見られないので見学はあきらめた。いまでも約80人の修道士たちが暮らしているという。



●バスはモンセラットを目指し山間を登っていく



●モンセラットからの眺め


●奥に見える建物は、エスコラニア少年合唱団の宿舎

ガイドさんの話だが、この修道院には14世紀から受け継がれているエスコラニア少年合唱団があり、時間が合えばその天使の歌声が聴けるという。世界的に有名なウイーン少年合唱団は、この合唱団をモデルとしてつくられたというが、ウイーン少年合唱団のほうが今では有名になったという。

●教会内のローソク台


●黒いマリア像がある教会正面


●大きなパイプオルガンのある教会


●岩盤の下に建てられた建物


●モンセラット周辺の山々(バスからの眺め)

午後6時半、バルセロナのカタルーにア広場前に無事到着し、ここで解散。夜行列車に乗るため、一度ホテルに戻り、再びパリ行き夜行列車が出るサンツ駅まで行く。【2010.9.12


●バルセロナの地下鉄自動券売機


●バルセロナの地下鉄自動改札機


●駅で夜行列車を待つ眞喜子


●パリ行き夜行列車に乗り込む乗客(パスポートを見せるので列をつくる)

2011.8.10 記











| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 06:55 | - | - | - | - |
バルセロナ市内観光

 今日(2010.9.12)は、午前中「バルセロナ市内半日バス観光」、午後は「モンセラット半日観光」を予定しいている。夜9時には、夜行列車でパリへ向け出発だ。非常に忙しい日になりそうだ。

 

 このツアーは、昨日「ぶらりバルセロナ街歩き」に参加した時にガイドさんから、この「バルセロナ市内半日バス観光」ツアーがあることを教えられ申し込みした。ツアー代は市内観光が48EUR、サグラダ・ファミリア大聖堂入場料が団体割引10EUR(普通12EURとのこと)で合計58EURある。

 

 朝930ホテルコロン前に集合。1000出発。バスはグエル公園と1992年にオリンピック会場となったモンジュイックの丘で下車し、自由時間、写真撮影、散歩ができた。ツアー最後はサグラダ・ファミリア大聖堂内に入場し、ガイドの説明、そしてこの聖堂内で解散。

 

 個人旅行は旅の要領がつかめず、効率的な観光ができない。現地で「ぶらりバルセロナ街歩き」「バルセロナ市内半日バス観光」「モンセラット半日観光」を申し込んだお陰で、現地の名所旧跡を要領よく見学ができた。たまたま、今回は日本人による街歩きツアーに参加したお陰で、日本語で観光申し込みができたが、日本語ツアーがない都市に行くと、どうしても英会話の必要性に迫られる。こうした場合に備えて、スピードラーニングの英会話できたえたことが役に立つし、自身の身を助けられたことが多々あった。バルセロナでは、こうして日本語による説明で順調に観光ができた。【2010.9.12

2011.4.16 記

 
ガウディの建築物


グエル公園


観光バスのガイドさんもガウディスタイル


グエル公園を訪れる沢山の観光客


発想豊かなガウディの作品


公園の椅子、ガウディの作品


ガウディの作品


ガウディの作品ではありません


大勢の観光客でにぎわうグエル公園


綺麗な作品に満足


素晴らしいサクラダ・ファミリエ


100年前の工事中のサグラダ・ファミリア


大聖堂の裏側にある彫刻作品


出口の上部にもこのような芸術作品が


いまだに建築が続いているサグラダ・ファミリエ


大聖堂の裏側はおもむきが変わっている




何本もの路線が交差するサグラダ・ファミラー地下鉄駅


駅前にはストリートミュージシャンが


| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 23:14 | - | - | - | - |
スペインで一番長い列車の旅とバルセロナ街歩き
   今日(2010910日)はグラナダからバルセロナへの移動日だ。グラナダを朝1134分に出発し、すでに訪れたセビリア駅までの3時間を2等の予約席に座りで移動(1430分着)。この駅で1時間半乗り換えのために待つ。バルセロナ行きのAveに乗り換えバルセロナまで一気に移動する。午後16時丁度に予約してあったAveが出発し、バルセロナ駅に夜930分到着。約5時間半の列車の旅であった。こうして、今日は9時間近く列車の旅を堪能した。

1
●スペインの新幹線 Ave
 

 グラナダからセビリアまでは座席指定の特急2等車である。グラナダ駅で列車に乗り込むと我々の前にスペイン人かと思われるカップルが座っている。しばらくして、日本人の新婚さんとおぼしきカップルが我々目の前の通路上で切符片手にきょろきょろしている。我々の前の座席は彼ら新婚さんの予約席であったようだ。しかし、言葉をだせないようでうろたえていた。そこで、日本出発前にスピードラーニングでお世話になった実力で「この席はこちらの日本人が予約してある席ですよ」というようなことを英語 Excuse me, this Japanese couple had the reservation ticket. Will you make sure your booked ticket, please?”としゃべってあげたような気がする。これが、通じたようで座っていたスペイン人?らしき2人は別の車両へ移って行った。どうも予約なしで座っていたようだ。若い新婚さんから礼をいわれ、彼らが我々の直前の席に座ったので日本語での会話がしばらく弾んだ。彼らとは、セビリア駅で別れた。

2 
●ゆったりとした座席で列車の旅を楽しむ

3
●航空機のちょっとした昼食のようだ

4
●車内の掲示板に300[km/h]を達成した表示が出た。ただし、ほんの一瞬でした

5
●グラナダから9時間かかってやっとバルセロナ駅に到着しました。

 バルセロナのホテルは駅ビル内にある「Barcelona Sants」とい
うホテルである。駅ビル内のホテルであるから、夜遅い時間に到着してもホテル探しに苦労することがないので安心だ。明日は、あらかじめ日本で「ぶらりバルセロナ街歩き」というツアーを予約してあるので、旧市街地の探索が楽しめる。

 

 翌日、いよいよ「ぶらりバルセロナ街歩き」開始。午前10時に市街中心にあるホテル前に集合。参加者は我々夫婦と若いカップルの4人でガイドさんは現地人と結婚している日本人男性のSさん。ガイドさんが日本人なので名所旧跡の説明が良く分かる。ここバルセロナは画家のピカソやサクラダファミリアのガウディが活躍した街なので、街の至るとこに芸術作品が見られる。

 こうした作品の一部を写真で紹介する。

6
●ぶらりバルセロナ街歩きの始まり:王の広場にて

7
●古い旧市街地を歩く

8
●珍しいモニュメントに出くわす

9
●ピカソの絵だそうです。

10
●ピカソがよく食事したレストランとか。ピカソの直筆の絵が看板に!

11
●レストランの建物はこのようなかたちです

12
●スペインの画家ジョアン・ミロが住んでいた家を示す案内

13
●ジョアン・ミロが住んでいたという建物

14
●建物の壁に掛けられた珍しい芸術品?

15
●凹に彫られた彫刻だが、このように凸に見える彫り物

16
●アパートの各階の壁にはだまし絵が描かれていた

17
●いまだにカタルーニャの独立を願っているのか、カタナールニャ人の集会に出くわす

18
●静かな商店街

19
●薄汚れた裏町の風景

20
●街中心街ではパントマイムが多く見られる

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●こんなパントマイムも

22
●お祭りだからか大きな建物の守衛さんがこのような姿で立っていた。

23
●公衆用の自転車。このような自転車置き場が多くある

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●赤丸は市内各所にある自転車置き場を示している。自転車置き場で見た看板。
| ホープ(Hope) | スペイン・フランス・イギリス列車の旅 | 11:50 | - | - | - | - |
グラナダのアルファンブラ宮殿内ホテルに泊まる

201098日。列車でセビリアからグラナダへ列車で行けるが、ユーロパスの日程のことを考慮し、セビリアからグラナダへの移動にバスを使った。このバスは、日本であらかじめ座席の予約をしておいたので指定時間930までにバス停へ行けばよい。大きなバス停は一つであると思っていて、そこへ30分前の800タクシーで出かけたらバス停が異なることが分かり慌てた。ヨーロッパの町では列車発着駅は向かう方向によって複数あることは知っていた。しかし、バスセンターも複数あることを知らず地図で確認しただけで、大きなバスセンターが発車する所だと思い、そこへ向かったのがいけなかった。

 

 バスでセビリアからグラナダのバス停まで約3時間であった。ここらまたホテルまでタクシーに乗る。やっとたどり着いたあこがれのアルファンブラ宮殿ホテル(ホテルパラドール)。写真15で紹介するように、宮殿の一部をホテルに改装してあるというので、なかなか立派だ。あらかじめ予約しておかないと泊まれない。それもそのはず、部屋数がわずか14部屋しかないと聞くので、直ぐに満室になるそうだ。

 

 宮殿は高台にあるためホテルは当然、その周辺も見ごたえある風景だ。宮殿内は有料で、入場するのに長く待たされるということを聞いていたので、この入場券もあらかじめ日本で入手しておいた。ただし、英語ツアーだったので説明が理解できない点が多々あったが、一応、世界遺産としてよくテレビや旅行記事で見る光景をこの目で見ることができ感動した。宮殿内から外部を見ると、昔国家の境界かと思われる長い塀が見えた。また、宮殿から我々の宮殿ホテルも見え、なかなか立派なホテルに宿泊できたことを幸運に思っている。

 

 宮殿ツアーで一緒になった日本人と宮殿ホテルでお茶を飲みながら歓談した。この方は、スイスのある大学の先生と一緒に旅をしているようで、たまたまツアー中に会話を交わし親しくなり、ツアー終了後で疲れたので休憩しようということで、写真14のように宮殿ホテル内レストランで歓談した。ツアーした日は暑い日であったが、ホテル内庭のレストランは写真のように自然の涼しさに恵まれ、のんびりと話しが弾んだ。【2010.9.8

2011.2.13 記



写真1 セビリアからコルドバへはバスを利用した


写真2 宮殿ホテルの中庭



写真3 中庭に座ると豪華な気分


写真4 ホテル内の入り口扉は古くて重厚だ


写真5 中庭レストランは涼しくて気持ちがいい



写真6 宮殿入口付近には昔の砲台が並んでいる


写真7 宮殿入口から美しい街の風景が望める


写真8 宮殿内 コマレスの塔


写真9 宮殿内の噴水のある風景


写真10 宮殿内の建物の柱のモザイク


写真11 宮殿内の美しい噴水


写真12 宮殿内から見える城壁?のような塀


写真13 宮殿内から見える宮殿ホテル


写真14 宮殿ホテル庭でお茶を飲みながらの歓談

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